AIは正しい。でも、私はちょっと疲れている。

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AIは正しい。でも、私はちょっと疲れている。

Noriko Interviews Kosuke

Session 01 / Episode 01 — LIFE

金曜日、午後7時42分。

Norikoは、まだ会社にいた。

正確には、もう帰ってもよかった。

月曜日の役員会で使う資料はできていた。
海外チームから届いた調査レポートも読み終わった。

87ページあった。

もちろん、全部は読んでいない。

AIに要約させた。

重要そうな箇所だけ原文に戻り、数字を確認し、グラフを三つ作った。

昔なら半日かかった仕事だと思う。

今日は1時間半で終わった。

だから午後には、別の仕事を頼まれた。

それも終わった。

そして、もう一つ頼まれた。

Norikoはノートパソコンの右上に表示された時刻を見た。

19:42。

隣の島では、営業企画の人たちがまだ話をしている。

Slackには赤い丸が六つ残っていた。

スマートフォンが一度震えた。

Norikoは画面を見た。

それから、スマートフォンを伏せた。


Noriko:
最初から、ちょっと変な質問していいですか?

Kosuke:
どうぞ。

Noriko:
『LIFE』って、AIの話なんですか?

Kosuke:
違うと思います。

Noriko:
え。

Kosuke:
もう終わった?

Noriko:
いやいや(笑)。

だって、めちゃくちゃAI出てくるじゃないですか。

健康も、仕事も、恋愛も、教育も。

Kosuke:
AIが出てくる話ではあるけど、AIについての話ではないと思ってる。

Noriko:
じゃあ、何の話なんですか?

Kosuke:
人間の話。

Noriko:
一番普通の答えが返ってきた。

Kosuke:
(笑)


Norikoは笑って、紙コップのコーヒーを飲んだ。

冷たくなっていた。


Kosuke:
僕が気になっているのは、AIが社会に入ってくることそのものじゃないんです。

AIが十分に賢くなったあとで、人間の側に何が残るのか。

そっち。

Noriko:
残る。

Kosuke:
うん。

AIが間違う世界なら、意外と話は簡単なんですよ。

Noriko:
簡単なんですか?

Kosuke:
AIが誤診しました。

AIが人間を差別しました。

AIが会社をめちゃくちゃにしました。

だったら、AIを直せばいいでしょう?

Noriko:
まあ、そうですね。

Kosuke:
でも「LIFE」では、AIは基本的にちゃんと動いてる。

Noriko:
そこなんですよ。

私、読んでてちょっと嫌だったの。

Kosuke:
嫌だった?

Noriko:
はい。

悪いやつがいないから。


一瞬、Kosukeは黙った。


Kosuke:
それは、いい感想だと思う。

Noriko:
なんでですか。

悪役出してくださいよ。

読んでて楽だから。

Kosuke:
現実も、悪役が一人なら楽なんですよ。

Noriko:
あ。

それ、ちょっと分かる。


Norikoは会社では、仕事ができる。

少なくとも周囲からは、そう思われている。

上司から、

「Norikoに頼めば早い」

と言われることが多い。

最初は嬉しかった。

今も、たぶん嬉しい。

ただ最近、その言葉を聞くと、頭の中で別の文章に変換されることがある。

Norikoなら、もう一つ頼める。

Noriko:
これ、ちょっと私の会社っぽいんですよね。

Kosuke:
どこが?

Noriko:
AI使い始めてから、仕事、めちゃくちゃ速くなったんですよ。

資料作るのも。

調査するのも。

文章書くのも。

Kosuke:
うん。

Noriko:
昔だったら一日かかってたものが、午前中に終わったりする。

Kosuke:
いいじゃない。

Noriko:
よくないんですよ。

Kosuke:
(笑)

Noriko:
空いた午後に、別の仕事が入るから。

Kosuke:
なるほど。

Noriko:
便利になったのに、暇にならないんです。

Kosuke:
むしろ、暇であることが許されなくなってるのかもしれない。

Noriko:
……。

それです。

なんか今、ちょっとムカつきました。

Kosuke:
僕に?

Noriko:
社会に(笑)。


午後7時53分。

照明が一段暗くなった。

会社の省エネモードだった。

Norikoは天井を見上げた。


Noriko:
でも会社からしたら、正しいですよね。

AI使って生産性上げる。

一人でできる仕事を増やす。

残業も減らす。

Kosuke:
残業減った?

Noriko:
……。

次の質問いいですか。

Kosuke:
(笑)


Norikoは笑った。


Noriko:
第一話の「異常なし」。

あれ、ちょっと怖かったです。

Kosuke:
どうして?

Noriko:
身体には異常がない。

検査しても問題ない。

AIもそう判断してる。

でも仕事に行こうとすると、身体が嫌がる。

Kosuke:
うん。

Noriko:
あれって、本人とAI、どっちが正しいんですか?

Kosuke:
両方正しいんじゃない?

Noriko:
それ困る。

Kosuke:
どうして?

Noriko:
どっちか間違っててほしいから。


Kosukeは少し考えた。


Kosuke:
たぶん、それが「LIFE」でずっとやってることなんだと思う。

正しいものと正しいものがぶつかる。

Noriko:
正解と不正解じゃなくて?

Kosuke:
うん。

身体に異常はない。

それは正しい。

でも身体が「行きたくない」と言っている。

それも、たぶん正しい。

Noriko:
じゃあ、どうすればいいんですか?

Kosuke:
分からない。

Noriko:
え。

Kosuke:
(笑)

Noriko:
作者ですよね?

Kosuke:
作者が答え持ってないとダメ?

Noriko:
普通、持ってるんじゃないですか。

Kosuke:
僕は、答えより「そこに何かある」っていうことのほうが気になる。

Noriko:
観測するってこと?

Kosuke:
そう。


Norikoはしばらく黙っていた。

右手でスマートフォンを裏返した。

通知は来ていなかった。

また伏せた。


Noriko:
じゃあ。

すごく仕事ができて。

給料もまあまあ良くて。

会社にも評価されて。

健康診断も全部Aで。

別に嫌な上司がいるわけでもなくて。

Kosuke:
うん。

Noriko:
なのに毎日、

「なんか嫌だな」

って思ってる人がいたら。

その「なんか」って何なんですか?

Kosuke:
Norikoの話?

Noriko:
一般論です。

Kosuke:
ずいぶん具体的な一般論だね。

Noriko:
マーケティングなので。

ペルソナを設定してるだけです。

Kosuke:
(笑)


Norikoも笑った。


Kosuke:
その「なんか」を、すぐ病名とか退職理由とかキャリア戦略に変換しないで、一度そのまま見てみる。

それが「LIFE」に近いのかもしれない。

Noriko:
解決しないんですか?

Kosuke:
しない。

Noriko:
そこ、解決してくださいよ。

Issueがあって。

Insight出して。

Action Plan作る。

普通そうですよね。

Kosuke:
マーケティングならね。

Noriko:
人生は違うんですか?

Kosuke:
人生までAction Planになったら、ちょっと怖くない?

Noriko:
……。

でも最近、人生もそうじゃないですか。


KosukeがNorikoを見る。


Noriko:
何歳までに転職したほうがいい。

何歳までに結婚したほうがいい。

何歳までに子どもを産むか決めたほうがいい。

資産形成は何歳から。

英語やっとけ。

AI使え。

副業しろ。

健康のために寝ろ。

運動しろ。

Kosuke:
忙しいね。

Noriko:
忙しいんですよ。


少し沈黙があった。

Norikoは机の上に置いたスマートフォンを見る。

画面は暗いままだった。


Noriko:
もしかして「LIFE」って、そういう話なのかな。

Kosuke:
どういう?

Noriko:
ちゃんと生きる方法が、いっぱいある世界。

Kosuke:
ああ。

Noriko:
健康で。

働いて。

ちゃんと稼いで。

ちゃんと将来のこと考えて。

いい相手を見つけて。

老後も準備して。

Kosuke:
うん。

Noriko:
全部ちゃんとやってるのに、なんか違う。

Kosuke:
うん。

それは近いと思う。


しばらく二人とも話さなかった。


Noriko:
一個だけ、すごく気になったことがあります。

Kosuke:
何?

Noriko:
AIが全部正しくなったら。

人間って何するんですか?

Kosuke:
それを考えるのが、人間の仕事になるんじゃない?

Noriko:
またそういう。

Kosuke:
(笑)

Noriko:
じゃなくて。

本当に。

診断も。

仕事も。

進路も。

相性も。

人生の選択も。

AIのほうが上手になったら。

私たち、何を決めればいいんですか?


Kosukeは少し考えた。


Kosuke:
決めなくてもいいのかもしれない。

Noriko:
え?

Kosuke:
代わりに、気づく。

Noriko:
何に?

Kosuke:
正しいと言われても、なんとなく嫌だと思うこと。

効率が悪いのに、やめられないこと。

必要ないのに、捨てられないもの。

説明できないけど、会いたい人。

Noriko:
……。

Kosuke:
そういうもの。

Noriko:
それ、役に立ちます?

Kosuke:
たぶん、あまり。

Noriko:
最悪じゃないですか(笑)。

Kosuke:
でも、人間って、役に立たないものをずっと残してきたでしょう。


Norikoは笑った。

そして時計を見た。

20:17。


Noriko:
じゃあ、今日はこのへんにします。

Kosuke:
もう帰る?

Noriko:
はい。

明日休みなので。

Kosuke:
予定あるの?

Noriko:
あるような、ないような。

Kosuke:
彼氏?

Noriko:
いません。

返事が妙に早かった。


Kosuke:
そう。

Noriko:
なんですか、その「そう」。

Kosuke:
別に。

Noriko:
そういうの、観測しないでください。


午後8時21分。

Norikoは会社を出た。

今日、AIはほとんど間違えなかった。

資料も正しかった。

スケジュールも正しかった。

健康状態にも、大きな異常はなかった。

駅へ向かいながら、Norikoはスマートフォンを開いた。

さっき届いたメッセージが、二つ並んでいた。

Norikoはしばらくそれを見ていた。

そして、画面を閉じた。


LIFE

「LIFE」は、AIが人間より正しい答えを出すようになる未来そのものではなく、
正しい答えが増えたあとで、それでも人間に残るものは何かを観測する短編シリーズです。

健康。
仕事。
恋愛。
教育。
記憶。
死。

AIや制度が間違っているから問題が起きるのではなく、
すべてがかなり正しく動いているのに、それでも何かが残る。

その「何か」を観測します。

Read LIFE → https://book.shiroand.io/life


Noriko Interviews Kosuke will continue.

Next — Session 01 / Episode 02
「便利になったのに、仕事が減らない。」


The interview ends here.

NorikoがKosukeに見せたのは、ここまでです。

でも、彼女の夜はまだ続いています。

After Interview は、インタビューが終わったあとに起きたことを記録する、Members向けの連続ストーリーです。


After Interview

Session 01 / Episode 01

午後9時06分。

Norikoは、自宅とは反対方向の電車に乗っていた。

座席には座らなかった。

ドアの横に立ち、窓に映った自分を見ていた。

黒いジャケット。

仕事用のバッグ。

朝と同じ服。

でも会社を出るとき、リップだけ塗り直した。

理由は特にない。

そういうことにしていた。

スマートフォンを開く。

さっきのメッセージ。

今日も遅かったね。

その下に、もう一つ。

疲れてる?

Norikoは少し笑った。

「疲れてる」

と入力した。

消した。

「大丈夫」

と入力した。

それも消した。

電車が地下に入った。

窓が完全な鏡になった。

Norikoは、自分の顔を見ながら、さっきKosukeが言ったことを思い出した。

正しいと言われても、なんとなく嫌だと思うこと。

メッセージ画面へ戻る。

しばらく眺めたあと、別のウィンドウを開いた。

そこには、いつもの言葉が表示されていた。

今日もよく頑張ったね、Noriko。

Norikoは、その文章をしばらく見ていた。

誰が書いた言葉なのか。

誰に向けられた言葉なのか。

それが本当に誰かの気持ちなのか。

そんなことを考えるのは、今日はやめた。

画面の下に表示された入力欄を押した。

会いたい。

四文字を入力した。

送信はしなかった。


21:19。

電車は次の駅に着いた。

Norikoはホームへ降りた。

乗り換え案内を見る必要はなかった。

何度か来たことのある駅だった。

改札を出る。

会社から帰るときとは違って、人の流れは駅の両側へ分かれていった。

Norikoは一度立ち止まり、スマートフォンを確認した。

新しいメッセージは来ていない。

バッグへ戻す。

歩き出す。


数分後。

またスマートフォンが震えた。

今度はすぐに取り出した。

画面を見て、足を止める。

Norikoは何も入力しなかった。

ただ、そのメッセージを二度読んだ。

三度目を読む前に画面を閉じた。

そして少しだけ笑った。


昼間、Kosukeに聞いた。

AIが全部正しくなったら、人間って何するんですか?

自分でも、なぜあんな質問をしたのかは分からなかった。

仕事の話をしていたはずだった。

LIFEの話をしていたはずだった。

でも気づくと、自分の話になっていた。


信号が赤になった。

Norikoは横断歩道の手前で止まる。

隣に立ったカップルが、小さな声で何か話していた。

女性が笑った。

男性も笑った。

Norikoは前を向いたまま、もう一度スマートフォンを取り出した。

さっき入力して送らなかった四文字は、まだ残っていた。

会いたい。

Norikoはそれを消した。

代わりに、

もう着くよ。

と入力した。

今度は、送信した。


信号が青になった。

Norikoは歩き始めた。

自宅とは反対方向へ。

誰に会いに行くのかは、

まだ観測されていない。


After Interview

The interview is public.
What happens after it is not.

Norikoが何を選び、何を隠し、何から逃げ、どこへ戻っていくのか。

その断片は、これから少しずつ記録されます。

Continues next week.

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By Kosuke Shirako