便利になったのに、仕事が減らない。
Noriko Interviews Kosuke
Session 01 / Episode 02 — LIFE / Work
火曜日、午後6時58分。
Norikoは、会議室にいた。
会議はもう終わっていた。
参加者も全員出ていった。
ホワイトボードには、誰かが残した文字がある。
Efficiency
Productivity
AI Enablement
Norikoは、その三つを眺めながらノートパソコンを閉じた。
今日の会議も、AIについてだった。
「AIを使って、マーケティング業務の生産性を30%向上させる」
上司はそう言った。
Norikoは特に反対しなかった。
むしろ賛成だった。
AIは便利だから。
困っているのは、そこではなかった。
Noriko:
この前の続きなんですけど。
Kosuke:
うん。
Noriko:
AIって、人間を楽にするためのものじゃないんですか?
Kosuke:
そういう期待はあるね。
Noriko:
でも全然楽にならないんですよ。
Kosuke:
(笑)
Noriko:
笑わないでください。
本当に。
資料は早くできる。
調査も早い。
英語も翻訳してくれる。
会議の議事録も勝手にできる。
なのに帰る時間、そんなに変わってない。
Kosuke:
仕事の量が増えた?
Noriko:
というか。
できることが増えました。
Norikoは机の上のペットボトルを少し飲んだ。
Noriko:
昔だったら、資料作成に3時間かかるから「今日はここまで」って言えたんですよ。
今は30分でできる。
Kosuke:
うん。
Noriko:
すると残りの2時間半に別の仕事を入れられる。
Kosuke:
会社としては合理的だね。
Noriko:
そうなんですよ。
そこが嫌なんです。
Kosukeは少し笑った。
Noriko:
何がおかしいんですか。
Kosuke:
いや。
Norikoがずっと「間違ってないのが嫌」って言ってるなと思って。
Noriko:
あ。
Norikoは少し黙った。
Noriko:
そうかもしれない。
会社も別に悪くないんですよ。
生産性上げようって言うの、普通ですよね。
Kosuke:
普通だね。
Noriko:
AI使おうって言うのも正しい。
残業減らそうっていうのも正しい。
少ない人数で成果を出そうっていうのも。
Kosuke:
うん。
Noriko:
全部正しいのに、なんで疲れるんですか?
少し間があった。
Kosuke:
もしかすると、生産性が上がることと、人間が楽になることは別なのかもしれない。
Noriko:
同じじゃないんですか?
Kosuke:
会社が言う生産性って、同じ時間でどれだけ多くの成果を出せるかでしょう。
Noriko:
はい。
Kosuke:
人間が楽になるって、成果を増やす話じゃないから。
Noriko:
……。
Kosuke:
早く終わったら帰る。
何もしない。
ぼーっとする。
そういう方向に生産性を使えば、楽になる。
Noriko:
会社で「AIで30%生産性が上がったので30%ぼーっとします」は通らないですよ。
Kosuke:
(笑)
Noriko:
ですよね?
Kosuke:
うん。
だから、技術の問題じゃないんだと思う。
Noriko:
何の問題ですか?
Kosuke:
空いた時間を誰のものにするか。
Norikoは、少し姿勢を変えた。
Noriko:
空いた時間って、私のものじゃないんですか?
Kosuke:
会社にいる間は、会社のものだと考える人もいるでしょう。
Noriko:
うわ。
嫌だな、それ。
Kosuke:
でも契約としては、ある程度そうでしょう。
Noriko:
……そうなんですよね。
会議室の外を、清掃スタッフが通った。
Norikoはガラス越しにそれを見た。
Noriko:
私、最近ちょっと怖いんです。
Kosuke:
何が?
Noriko:
AIを使える人が評価されるじゃないですか。
だから私も使うんです。
たぶん、結構使えてるほうだと思う。
Kosuke:
うん。
Noriko:
そうすると仕事が早くなる。
仕事が早くなると、頼まれる。
頼まれると評価される。
評価されると、もっと頼まれる。
Kosuke:
きれいなループだね。
Noriko:
きれいじゃないですよ。
Norikoは笑わなかった。
Noriko:
これ、どこで止まるんですか?
Kosuke:
Norikoが止めない限り、止まらないかもしれない。
Noriko:
それ一番困る答えです。
Kosuke:
どうして?
Noriko:
私が「もう無理です」って言わなきゃいけないから。
少し沈黙した。
Noriko:
仕事できる人って、損じゃないですか?
Kosuke:
(笑)
Noriko:
いや、本当に。
できない人には頼まないでしょう。
できる人に集まる。
それで「成長機会」って言われる。
Kosuke:
成長したくない?
Noriko:
したいですよ。
Kosuke:
じゃあいいじゃない。
Noriko:
いやいやいや。
そういうことじゃない。
Norikoは少し前のめりになった。
Noriko:
成長はしたい。
でもずっと全力疾走したいわけじゃない。
Kosuke:
うん。
Noriko:
これ、矛盾してます?
Kosuke:
全然。
Noriko:
でも会社だと、成長したいって言った瞬間、次のポジションの話になるんですよ。
もっと大きな仕事。
もっと責任。
マネージャー。
海外。
Kosuke:
それがキャリアだからね。
Noriko:
キャリアって、上に行くことなんですか?
Kosukeはすぐには答えなかった。
Kosuke:
会社の中では、そう見えやすい。
Noriko:
ですよね。
Kosuke:
でも人生の中では違うかもしれない。
Noriko:
また人生の話になった。
Kosuke:
Norikoがするから。
Norikoは笑った。
Noriko:
この前も思ったんですけど。
私、仕事の話してるつもりなのに、すぐ人生の話になりますね。
Kosuke:
仕事に使ってる時間が長いからじゃない?
Noriko:
それ、怖いこと言いますね。
午後7時24分。
Norikoのスマートフォンが震えた。
今日は机の上に伏せていなかった。
通知の一部が見えた。
Norikoはすぐ画面を消した。
Kosuke:
帰らなくていいの?
Noriko:
もうちょっとだけ。
Kosuke:
仕事?
Noriko:
仕事じゃないです。
返事はそれだけだった。
Noriko:
じゃあ最後に。
もしAIで仕事が半分の時間でできるようになったら。
その半分って、本当は誰のものなんですか?
Kosuke:
それを決めるのが、これからのEmploymentの問題なのかもしれない。
Noriko:
Employment?
Kosuke:
仕事があるかないかだけじゃなくて。
人間の時間を、誰がどう使うのか。
Noriko:
……。
Kosuke:
AI時代の労働って、そこが一番大きいと思う。
Noriko:
じゃあ、次それ聞いていいですか?
Kosuke:
どうぞ。
Noriko:
私、この会社にあと何年いたらいいですか?
Kosukeが笑った。
Noriko:
なんで笑うんですか。
結構真剣なんですけど。
午後7時31分。
Norikoはノートパソコンをバッグにしまった。
ホワイトボードにはまだ三つの単語が残っていた。
Efficiency
Productivity
AI Enablement
Norikoは出口の前で一度振り返った。
そして、電気を消した。
LIFE / Work
AIが仕事を速くしても、
人間の自由時間が増えるとは限りません。
効率化によって生まれた余白が、
次の仕事で埋められるなら、
技術は労働を減らすのではなく、
労働の密度を上げることもあります。
次に問うべきなのは、
空いた時間は、誰のものなのか。
Noriko Interviews Kosuke will continue.
Next — Session 01 / Episode 03
「この会社にあと何年いたら正解ですか?」
The interview ends here.
でも、Norikoの仕事は終わっても、
彼女の一日はまだ終わっていません
After Interview
Session 01 / Episode 02
午後8時12分。
Norikoは駅の近くの小さな店にいた。
一人だった。
カウンターの端。
仕事用のバッグを足元に置き、スマートフォンを眺めている。
画面には、さっき会議室で届いたメッセージが残っていた。
今日、会える?
Norikoは返事をしていなかった。
その下には、別の通知がある。
会社のチャットだった。
明日の朝、少しだけ確認お願いできますか?
Norikoは先に会社のチャットを開いた。
大丈夫です。確認します。
送信。
それから、もう一つのメッセージに戻った。
しばらく画面を見ていた。
午後8時19分。
料理が運ばれてきた。
Norikoは写真を撮らなかった。
最近は、食べたものをSNSに載せなくなった。
誰かに見せたいと思うことが、少し減った。
その代わり。
誰か一人だけに見せることはある。
Norikoは料理の写真を一枚撮った。
送信先を開く。
少し迷ってから、送った。
数秒後。
おいしそう。
そのあと、
ちゃんと食べてね。
Norikoは笑った。
「AI使って生産性30%向上」
昼間の会議の言葉が頭に浮かぶ。
Norikoはふと思って、別の画面を開いた。
入力する。
仕事が早く終わると、もっと仕事を頼まれます。どうしたらいい?
すぐに回答が返ってきた。
境界線を設定すること。
優先順位を明確にすること。
上司と業務量について話すこと。
全部、正しい。
Norikoは最後まで読んだ。
そして画面を閉じた。
午後8時31分。
さっきの相手から、またメッセージが届いた。
会う?
Norikoは一度、目を閉じた。
「今日はやめとく」
と入力した。
まだ送らない。
代わりに、
疲れてるから、少しだけ。
と書いた。
それも消した。
最終的に送ったのは、
30分だけなら。
だった。
料理は半分残っていた。
Norikoは会計を済ませ、店を出た。
夜の空気は、会社を出たときより少しだけ涼しかった。
スマートフォンが震える。
いつものところで。
Norikoは返信しなかった。
場所は分かっていた。
今日の仕事は、もう終わっていた。
けれど、
Norikoが何をもって一日を終わりにしているのかは、
まだ観測されていない。
Continues next week.